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いつもはこのブログで、光が透けるほど薄いボーンチャイナや、職人が筆を走らせた美しい磁器の話をしている。 だが、今回は少しだけ趣向を変えさせてほしい。
男には時として、優雅なティーカップを置き、油とソースの匂いが染み付いた空間で、無性に胃袋を満たしたくなる日があるからだ。
今回足を運んだのは、サブカルチャーと古着の街・高円寺にひっそりと暖簾を掲げる老舗洋食店『キッチン フジ』。
今回は番外編として、ブランド洋食器とは対極にある、もうひとつの「器の美学」について語ろう。
厨房の熱気と、静かなる開戦前夜

オープン直後の暖簾をくぐると、先客は無く、後から静かに常連らしき男が一人入ってきただけだった。
厨房では無口な親父さんが黙々と鍋を振るい、心地よいラードの香りを漂わせている。その頼もしい横顔を眺めながら、私は壁のテレビに目をやった。
流れているのは相撲中継。くぐもった実況音声だけが、この気取らない空間のBGMだ。

通されたテーブル席には、すでにこの店の「顔ぶれ」が勢揃いしていた。
お馴染みのブルドック中濃ソース、オリジナルソース、食卓塩に絹醤油。高級フレンチのテーブルには絶対に並ばない、雑多で頼もしい相棒たちだ。


やがて、お母さんが静かな足取りで最初の品を運んできた。 まずは無骨なグラスに入ったお冷。そして、サラダと小皿に乗ったお新香。
定食だからといって、一度にお盆でドンと出てくるわけではない。この「順番に運ばれてくる」という間の取り方が、開戦を待つ胃袋の期待値を静かに高めていく。
立ち合いの音と、完璧な銀皿の陣形
気づけばテレビの中では、すでに力士たちが激しくぶつかり合っている。 その一瞬、店内に奇妙な緊張感が走る。
私と常連客、そして厨房の親父さんと配膳のお母さん。たった4人しかいないこの空間の全員が、土俵上の勝負に息を飲んだのだ。


勝負が決したその心地よい余韻の中、「お待ちどうさま」という声と共に、みそ汁と平らな白皿に盛られたライス、そして最後に主役の銀皿がテーブルに滑り込んできた。
豚肉のショーガ焼き、ベーコンエッグ、そして魚フライ。 傍らには千切りキャベツとトマト、そして洋食屋の様式美とも言えるケチャップ色のナポリタンが彩りを添えている。
それらをひとつの宇宙のようにまとめ上げているのが、ステンレス製の銀のオーバル(楕円)皿だ。

この皿の裏をひっくり返しても、当然ながらウェッジウッドやマイセンといった名窯のバックスタンプ(刻印)はない。大量生産された、ただの業務用の銀皿だ。
だが、鈍く光るその表面に刻まれた無数の細かい傷は、長年この街の胃袋を満たし、箸やフォークを受け止めてきた「勲章」に他ならない。
いぶし銀の輝きを放つ器の上で、主役と脇役たちが互いを引き立て合っている。

まずは豚肉のショーガ焼きだ。厚みはないが驚くほど柔らかく、決してしょっぱくない。
キリッと生姜の香りが際立つストイックな味付けで、肉から滲み出た脂が千切りキャベツと完璧な相性を見せる。

小ぶりで薄い魚フライは、サクッと軽やかに揚がっていた。これには、卓上に置かれた酸味のあるサラッとしたソースが実によく合う。
「平らな白皿」と、とろけ出す黄金色
そして、洋食を語る上で忘れてはならないのが、ライスの存在だ。 お茶碗ではなく、分厚く重い「平らな白い皿」に盛られて出てくるのが、正しい洋食の流儀である。

繊細な磁器とは違い、少々乱暴に扱っても割れない頑丈な白皿。縁に装飾など何もない、究極の機能美。 私は銀皿の上で待機していたベーコンエッグを、この平らなライスの上へ静かに移動させた。
箸を入れると、半熟というより「半生」に近い黄金色の黄身が、とろりと流れ出して白い米粒をコーティングしていく。そこにショーガ焼きのタレを少し絡めて口に運ぶ。

濃厚な旨味の合間に、付け合わせのナポリタンのチープで懐かしい甘酸っぱさを挟む。
この至福のローテーションを受け止めるには、のっぺりとした平らな白皿以外にはあり得ない。

ブランド物の洋食器が「時間を味わうための器」だとするなら、この洋食屋の銀皿と白皿は「明日を生きるための活力を受け止める器」だ。
そこには、華やかさとは無縁の、どっしりとした「用の美」が確かに存在している。
- 🐈⬛ Noir’s Note
- 高級な器だけが、美しいわけじゃない。
例えば、長年使い込まれた革靴や、傷だらけのアンティーク時計に惹かれることがあるだろう? 洋食屋の銀皿も同じだ。
その傷ひとつひとつに、ここで飯を食い、またそれぞれの戦場(日常)へ戻っていった人々のドラマが刻まれている。
そう思って眺めると、ただのステンレス皿が途端に愛おしい相棒に見えてくるはずだ。
まとめ:時代に逆行する「900円」という矜持
テレビの中から聞こえていた相撲中継が終わり、別の番組へとチャンネルが切り替わるころ。 私は最後のフライを平らげ、味噌汁ですべてを流し込んで、大きく息を吐いた。
テーブルに残された空っぽの銀皿と白皿を眺めていると、胃袋だけでなく、心の中のどこかざらついていた部分まで、すっかり満たされていることに気がついた。
席を立ち、財布から現金を取り出す。 「900円です」

注文した時から分かってはいた値段だが、いざ千円札を渡し、百円玉の釣銭を手のひらで受け取ると、改めてその潔さに感じ入ってしまう。
この狂ったようなスピードで物価が上がり続ける現代において、これだけの品数と、静かで満たされた時間が、千円札一枚でお釣りが来るというのか。
それは単なる「安さ」ではない。街の人間の胃袋を支え続けるという、老舗の意地と矜持そのものだ。

洗練された美しいティーカップで、静かに珈琲の香りと向き合う時間も最高だ。
だがたまには、こうした傷だらけの無骨な皿と向き合い、ソースの匂いにまみれる時間も悪くない。
店を出ると、高円寺の空にはいつもの日常が広がっていた。 さて、素晴らしい相棒たちから活力をもらったことだし、また私の戦場へ戻るとしようか。
【探訪の記録】キッチン フジ(高円寺)

※メニューや価格、営業時間は変更になる場合があります。訪問前に必ず公式情報等をご確認ください。
- 住所: 〒166-0002 東京都杉並区高円寺北3丁目10−1
- アクセス: 高円寺駅より徒歩約6分
- 参考予算: 本日の定食 900円
- 備考: 昔ながらの銀皿提供 / 相撲中継が似合う気取らない空間