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いつもはこのブログで、光が透けるほど薄いボーンチャイナや、職人が筆を走らせた美しい磁器の話をしている。 だが、前回の「銀皿」の話に続き、今回も少しだけ趣向を変えさせてほしい。
男には時として、優雅なティーカップを置き、油とソースの匂いが染み付いた空間で、無性に胃袋を満たしたくなる日があるからだ。
今回足を運んだのは、混沌としたカルチャーが渦巻く中野の街に根を張る老舗『ハンバーグハウス』。
今回は番外編の第2弾として、ブランド洋食器とは対極にある、もうひとつの「器の美学」について語ろう。
無音の店内に響く、手ごねのライブ感

夕方の18時台。重い扉を開けて中に入ると、コの字型のカウンターのみの店内は、驚くほどシーンと静まり返っていた。 BGMはない。
店主が一人、黙々と厨房を切り盛りしている。メニューは潔く「ハンバーグ」のみだ。
私はカウンターに腰を下ろし、「スタンダードバーグ」と、「味噌汁」を注文した。
静寂の中、不意に「パンパン」というリズミカルな音が店内に響き渡る。 カウンター前の中央にある鉄板で、私のためにハンバーグの空気が抜かれている音だ。
静かなカフェでマスターがコーヒーをドリップするのを眺めるのも好きだが、目の前で肉の塊が叩かれ、ジュワッと鉄板で焼かれていくライブ感も悪くない。 ここは、胃袋を満たすための特等席だ。
焦げた木台と、熱を放つ「生きた器」

やがて、猛烈なシズル音と香ばしい匂いをまとって、主役が私の前に置かれた。
平たく大きなハンバーグ、目玉焼き、素スパゲティ、そしてじゃがいも。飽きのこないシンプルな構成をひとつの宇宙のようにまとめ上げているのが、重厚な鋳物の鉄板(ステーキ皿)だ。
美しい磁器が「静寂と香りを楽しむための器」だとするなら、この鉄板は「音と匂いを爆発させる、生きた器」だ。
運ばれてきた瞬間から、どろりとしたソースが縁で焦げる音が鳴り響く。
「最後まで熱々の肉を食わせる」というただ一つの目的のために作られた無骨な鋳物。よく見れば、縁にはアンティーク調の装飾が施されており、洋食文化の歴史と誇りを感じさせる。
そして、その超高温の鉄板を受け止める木製の受け皿(木台)を見てほしい。 名窯のバックスタンプなどあるはずもない。
だが、長年の熱によって縁が擦れ、黒く焦げたその跡こそが、この店が中野の街で刻んできた歴史の証(スタンプ)だ。
肉汁を追わない、昭和という名の硬派な味

私はナイフを手に取り、よく焼き上げられたハンバーグに刃を入れた。
昨今もてはやされる「切った瞬間に肉汁が溢れ出すジューシーなハンバーグ」ではない。みっちりと肉が詰まった、肉汁の出ない硬派なハンバーグだ。
一口噛み締めると、肉肉しさがありながらも決して脂っこくない。下味と適度なスパイスが効いた肉の旨味を、濃度の高いデミグラスソースがしっかりと受け止めている。
昭和の洋食屋の、あの実直な味だ。
肉汁たっぷり、ふわふわのジューシーバーグを好んでいた10年前の私なら、まだこのハンバーグの真の良さは分からなかっただろう。
歳を重ね、様々な味を知った今だからこそ、この「媚びない肉の塊」の旨さが骨身に染みる。
「平らな白皿」と余熱の魔法


そして、この硬派な肉を受け止めるのは、やはり分厚く重い「平らな白い皿」に盛られたライスだ。
フォークの背にライスを乗せ、デミグラスソースを絡めて口に運ぶ。その合間に、赤いお椀で供された熱々の味噌汁をすする。
ナイフとフォークを持ちながら味噌汁を味わうこのアンバランスさこそが、日本の洋食の醍醐味だ。

食べ進めるうち、鉄板という「生きた器」が魔法をかける。 下に敷かれた素スパゲティが、鉄板の余熱で少しずつチリチリと焦げ、ソースを吸い込んでいくのだ。
高級フレンチのどんな繊細な付け合わせよりも、このカリッと焦げたスパゲティが、今の私の胃袋を的確に満たしてくれる。
- 🐈⬛ Noir’s Note
- 「器は、料理を乗せるだけの道具じゃない。 鉄板という器の面白いところは、時間経過とともに料理の味や食感を変えていくことだ。
焦げたソースの匂い、チリチリと焼ける音。五感すべてを刺激するこの器は、無骨だが最高にエンターテインメントな相棒だと言えるだろう。」
まとめ:時代に流されない潔さと矜持
最後のスパゲティを平らげ、味噌汁を飲み干す頃には、カウンターの静寂にもすっかり馴染んでいた。
スタンダードバーグ1,000円、味噌汁150円。 メニューを広げず、ただ己の信じるハンバーグだけを黙々と焼き続ける店主の後ろ姿に、私は静かな敬意を抱いた。
洗練された美しいティーカップで、静かに珈琲の香りと向き合う時間も最高だ。 だがたまには、ジュージューという雄弁なBGMを聞きながら、焦げた木台と鉄板に向き合う時間も悪くない。
店を出ると、中野の雑踏が私を迎え入れた。 さて、生きた器から熱い活力をもらったことだし、また私の戦場へ戻るとしようか。
【探訪の記録】ハンバーグハウス(中野)

※メニューや価格、営業時間は変更になる場合があります。訪問前に必ず公式情報等をご確認ください。
- 住所: 〒164-0001 東京都中野区中野5丁目52−1
- アクセス: 中野駅より徒歩4分
- 参考予算: スタンダードバーグ 1,000円 / 味噌汁 150円
- 備考: カウンター席のみ / メインはハンバーグのみの潔いメニュー