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流行の服、絶え間なく行き交う若者たち、そして新しいカルチャーが秒単位で消費されていく街、下北沢。
この街のスピード感は、時として私のような時代遅れの旅人を疲れさせる。
だが、そんな喧騒のど真ん中に、まるで時間の流れがそこだけ止まったかのような「避難所(サンクチュアリ)」があるのをご存知だろうか。
『Café Voleur de Fleur(カフェ ヴォルール・ドゥ・フルール)』。
フランス語で「花泥棒」を意味するその店は、建物的2階にひっそりと、しかし確かな風格を持って佇んでいる。
今回は、タイパという言葉が最も似合わないこの隠れ家で、一杯のコーヒーと器が紡ぐ「至福の無駄遣い」について語ろう。
階段の先にある、琥珀色と紫煙の空間

細い階段を上り扉を開けると、外の騒音が嘘のように消え去る。 薄暗い店内を照らすのは、アンティークランプのオレンジ色の灯りだけだ。
ちなみに、この店は店内全体を見渡すような撮影は禁止されている(手元の品のみ撮影可)。
空間そのものにスマートフォンの無粋なレンズを向けるのではなく、店の空気は五感で記憶に焼き付け、目の前に供された美しい器と珈琲だけを静かに切り取ればいい。

匂いの強いタバコ(葉巻など)でなければ紫煙をくゆらせることも許されており、まさに昭和の文士が愛したような大人のための空間だ。
さらに、この店での滞在は90分制となっている。 現代において「制限時間」と聞くと窮屈に感じるかもしれないが、私はむしろこのルールを歓迎している。
終わりが決められているからこそ、人はその時間(いま)を全力で味わおうとするからだ。

私はガラス張りの壁際にある、使い込まれた木のテーブルに腰を下ろし、迷うことなくこの店の名を冠した「ヴォルール・ブレンド」と、「チーズケーキ」を注文した。
ヴォルール・ブレンドとチーズケーキの完璧な共犯関係

やがて、静かな所作と共に目の前に差し出された一杯。
漆黒の液体から立ち昇る湯気は、これから始まる特別な時間の幕開けを告げているようだった。
深い夜を思わせる「ヴォルール・ブレンド」

この店には、店名にちなんだ2つの看板メニューがある。
香り豊かなすっきりとした味わいの「フルール(花)・ブレンド」に対し、私が選んだのは「苦味とコク」を極めたもうひとつの顔だ。
一口含むと、どっしりとした苦味と、ベルベットのようになめらかなコクが舌の上に広がる。
最近流行りの「酸味を活かした浅煎りコーヒー」とは対極にある、昔ながらのストイックな深煎りだ。
決して媚びない、だが一度ハマると抜け出せない。 まさに「ヴォルール(泥棒)」の名にふさわしい、心を奪われるような危険な魅力を持ったブレンドだ。
苦味を包み込む「チーズケーキ」

そして、この強気なコーヒーに対する最高の相棒が、自家製のチーズケーキだ。
黄金色に焼き上げられた、誤魔化しのないシンプルなベイクドチーズケーキ。 フォークを入れると、しっかりとした密度を感じる。
口に運べば、濃厚なチーズの風味と程よい酸味が広がり、すかさずヴォルール・ブレンドを流し込む。
ケーキの甘みとコーヒーの苦味が口の中で溶け合い、完璧なマリアージュ(共犯関係)が完成する。
甘すぎるスイーツでは、このコーヒーの深みには太刀打ちできない。この重厚なチーズケーキだからこそ成立する、奇跡のバランスだ。
喫茶店の美学は器たちの「競演」に宿る

そして、私がこのブログの読者に最も伝えたいのが、この店が提供する「器への敬意」だ。
ヴォルール・ドゥ・フルールでは、コーヒーが使い捨ての紙コップや無機質なマグカップで出てくることはない。一杯一杯、美しく磨き上げられた器で提供される。

今回、私の前に供されたのは、日本の名窯「香蘭社」による、この店オリジナルのカップ&ソーサーだった。
深く、吸い込まれそうな黒青(こくせい)色の上品な磁器。縁を飾る金彩のスカラップ(波状)模様が、アンティークランプの光を鈍く反射している。
そのカップに漆黒のコーヒーを注ぐと、まるで見えない底を覗き込んでいるような錯覚に陥る。
薄い飲み口が極上の口当たりをもたらし、指にスッと馴染むハンドルの造形も見事だ。

そして、傍らに寄り添うチーズケーキを載せているのは、同じく日本を代表する洋食器ブランド「Noritake(ノリタケ)」のプレートだ。
水色と金彩で描かれた繊細なアラベスク(唐草)模様は、深海のような香蘭社のカップとは対極にある、爽やかでエレガントな気品を漂わせている。
重厚なカップと、華やかなプレート。異なるブランド、異なる個性の器たちが、使い込まれた木のテーブルの上で互いを引き立て合い、見事な調和を見せている。
これこそが、客の雰囲気や注文に合わせて器をコーディネートする、名店ならではの美学だ。
器が変われば味も時間も変わる。 こだわりの空間で、こだわりの豆とケーキを、最高品質の器たちで味わう。これ以上の贅沢があるだろうか。
まとめ:花ではなく「時間」を盗まれる場所
最後のチーズケーキを味わい尽くし、器に残ったコーヒーを静かに飲み干す頃には、ガラス張りの窓の外を行き交う人々の喧騒も、まるで無声映画のように遠く感じられた。
『ヴォルール・ドゥ・フルール(花泥棒)』。
その洒落た名前の通り、この店は私の心から焦りや煩わしさを盗み出し、代わりに「満たされた時間」を置いていってくれた。
効率やスピードばかりが求められる現代において、ただ静かに、美しい器で一杯のコーヒーを味わうためだけに足を運ぶ場所がある。
それこそが、究極の「心の栄養」なのだと思う。
追記:喧騒の街に潜む、4つの扉
実はこの『ヴォルール・ドゥ・フルール』、下北沢という迷宮の中に「下北沢店(北口店)」「下北沢南店」、そして珈琲豆の香りが漂う焙煎所を兼ねた「下北沢西店」と、少しずつ趣の異なる3つの扉(店舗)を構えている。
さらに、もう一つの若者と流行の渦の中心である「原宿」にも、ひっそりと1店舗(原宿店)が潜んでいるのだ。
下北沢も原宿も、息を呑むほどのスピードでカルチャーが消費されていく街だ。 だからこそ、街のバランスを保つための「重し」として、こうした変わらない静寂を提供する空間が必要なのだろう。
もしあなたが下北沢や原宿の波に飲まれそうになったら、スマートフォンでタイパの良いカフェを探す手を止め、2階へと続くアンティークの階段を探してみてほしい。
極上のブレンドと、マスターが選ぶ美しい器が、あなたを静寂の世界へ誘ってくれるはずだ。
さて、次はどの街の、どんな器に出会いに行こうか。

【探訪の記録】Café Voleur de Fleur(下北沢店)
※メニューや価格は訪問時のものです。最新情報は公式情報等でご確認ください。
- 住所: 〒155-0031 東京都世田谷区北沢2丁目27−13 平野ハウス 3F
- アクセス: 下北沢駅より徒歩3分
- 参考予算:ケーキセット:1,550円
- 喫煙環境: 喫煙可(※葉巻など匂いの強いタバコは不可)
- 備考: 建物2階 / 店内撮影禁止(手元のみ可) / 90分制